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朝鮮国籍記事一覧

韓国映画『暗殺』を観ました。

WOWOWで放送されていた韓国映画『暗殺』を観ました。

何せ演者がみなうま過ぎるのでいつも韓国映画には引き込まれます。

どんな思惑にしろ、植民地時代に命を懸けて独立運動を闘った志士たちは間違いなく存在していました。

娯楽映画とは言え、当時の時代背景と抑圧された民族の悲哀を振り返ったとき、国籍とは何か、民族とは何かを深く考えさせられます。

個人的には先日スクリーンで見た新感染 ファイナル・エクスプレス」よりも見ごたえがありました。

在日コリアンコミュニティーのありがたみと面倒くささ。

長く今の仕事を続けて来たおかげで、たくさんの方たちとの繋がりや団体とのかかわりを持つことができるようになりました。

ひとえに、数ある行政書士事務所の中から僕の事務所を選んでいただけたお客様からの依頼があったこそからだと日々感謝しています。

昨日も在日コリアンのある会合(子どもを通じた)に出かけましたが、皆熱心に現在のことや将来のことを語り合っていました。

今週は他にも僕が所属するサッカー関係の団体の集まりもあり、非常に濃い議論を交わしたところです。

一様に会合にお誘いいただいた瞬間は「面倒くさいなー」と思うのですが、いざ参加してみると、コニュニティーや在日コリアンの将来について熱心に語り合うことで、皆の熱い思いに魅せられた充実した時間を過ごすことができます。

気が付くと僕の事務所のお客様の9割以上は在日含む韓国・朝鮮人コミュニ―を通した紹介による依頼です。

幼稚園の頃から在日コミュニティーどっぷりの僕は、行政書士として独立する際にそこから<抜け出し本当の意味での社会に出る>ことを決意しましたが、僕の人生はすでに在日コリアンを含む地域社会に形成されていて、そこで十分勝負することができるのだということを今では理解しています。

そのことを在日コリアンの今の若い方たちに伝えていこうと思っています。

マイノリティー社会に生きることは悲観することでもなく、むしろ誇るべきことであると最近思うのです。

衆議院選突入!僕はただ傍観するのみですが。

安倍首相の決断により本日から衆院選の火ぶたが切って落とされました。

日本の国政選挙にとても関心があります。

僕も45歳になりましたが少なくともあと25年くらいは生きるでしょうし、その間母国へ帰る見込みもほぼありません。

3人の子どももこの国で育って行くので、日本の行く末を大きく左右する今回の選挙含め、国・地方問わず選挙に関心があります。

日本でしか住んだことがありませんが投票権がありませんので投票へ行ったこともありません。

いい加減自分の現在の立場をわきまえて、今回は一切の選挙関連の報道番組は見ませんでした。

今の僕にできる『意思表示』は韓国大統領選での投票ぐらいです。

在日コリアンを網羅的に自国民とするもう一方の『祖国』は選挙すらない国ですので、、、

『分断国家の弊害』と『思い込みが醸し出す哀愁』

隣で70代と思しき男性二人が次のような会話をしていた。

男性A: 家族がみな韓国籍に変えようとしている。どのくらい手間がかかるのかな?

男性B: 今は変えられないよ。国籍の選択はそうたやすくできるものではないから。

「それは間違いですよ。」と言ってあげたかったけど、何せ他人の会話なのでそうもいかない。

男性Bは大きな勘違いとしている。それだけではなく、間違った情報を公然と流布してしまっているのです。

この男性二人は話の内容からどちらも在日コリアンでしょう。

分断国家のいずれもが相手方の国家を認めておず、在日コリアンは皆『韓国人』であり『朝鮮人』でもあるのです。(両国とも朝鮮半島全域を〝自国〟と定義しています。)

在日コリアンは日本の国での国籍表示(現在は特別永住者証明書上、2012年までは外国人登録上の国籍)を自身の国籍であると勘違いしているのです。

そもそも国籍とは国籍国が決めるものであって、日本人ではない在日コリアンの国籍を決めるのは日本の住民票でも外国人登録でもないのです。(アメリカ人が何人であるかを決めるのはアメリカ国、日本人が何人であるかを決めるのも当然日本国です。)

それすらわからない(そもそも朝鮮学校などでは教育しない)在日コリアンなのだから、分断した母国の国籍を後生大事に維持している意味があるのだろうかと、日々疑問が湧いてくるのです。

70年もの長きにわたり日本で外国籍を維持している男性二人の会話に、虚しさを感じる僕なのでした。

朝日新聞の投書で朝鮮高級学校の裁判について触れられていました。

金曜日の朝刊の投書欄に、少女と美容師の何気ない会話について少女の〝ある想い〟について描かれていました。

日本に複数ある<朝鮮学校>に通う生徒や卒業生たちは、自分たちの存在が当然のように日本の中で浸透していると錯覚しているという内容。

在日コリアンである僕も経験があるのですが、以前東京で部屋を借りようとした際、<韓国籍>ということで『保証人は必ず日本人の方』という条件が付いたのです。

それまで、大阪の在日コリアン密集地である生野区から出たことがなかった僕は〝まさか〟という思いで、『イヤイヤ在日コリアンですから。』と言ったのですが、家主さんはキョトンとしていたのです。

『そうか、彼らにとっては在日コリアン(特別永住者)もニューカマー(新規渡日者)も同じなのだ!』と再認識させられた瞬間でした。

話は変わりますが、少女の投書の最後に朝鮮高級学校の高校無償化裁判のことが述べられていましたが、少なくとも僕が接した東京の家主さんは民間人、少女ら、朝鮮高級学校の生徒が相手にしているのは〝国〟であって、歴史的背景も含めて、その存在を知らないとは言えないのではないでしょうか?

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