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永住許可申請のタイミングを逃した青年の悲運(その2)。

海外留学中に日本にいる家族が永住権を取得したKさんに訪れた悲運とは?

これを説明するためには日本に『子ども』として滞在する外国人の身分について知る必要があります。

大きく分けて、
①家族滞在
②定住者
③日本人の配偶者等
の在留資格が該当します。

Kさんの父は就労系の在留資格で10年以上日本に滞在したことから永住の条件が整い、今般無事に永住者の身分を許可されたのですが、父の同伴者として「家族滞在」の在留資格を持っていた他の家族も同時に永住者として許可されました。

永住審査の間、海外にいたKさんのみがその恩恵にあずかれなかったのでしたが、では現在認められている「家族滞在」の在留資格で日本へ戻ればいいじゃないかと考えたいところですが、残念ながらそれは叶いません。

何故かと言うと、永住者の子どもの在留資格は上記のうち②の「定住者」になってしまうからです。

子どもの在留資格のうち「家族滞在」には年齢制限がありませんが、この「定住者」には年齢制限が設けられていて<未成年(20歳未満)の子>となっています。

すなわち、20歳を超えてしまっているKさんは、「家族滞在」の在留資格には該当しないこととなります。

いずれ日本へ戻る予定のKさんは、(就労VISAや留学VISAなどにより)自身で在留資格取得の条件を整える必要がるのです。

永住許可申請のタイミングを逃した青年の悲運。

日本滞在が継続10年となると、永住許可申請の条件のうち居住要件が整います(例外あり)。

一昨年、その10年をクリアした家族からの依頼で永住許可申請のお手伝いをしました。

無事に家族4人が約3カ月の審査期間を経て日本での永住を許可されました。

めでたしめでたし、、、と言いたいところですが、実はこの家族にはもう一名親族がいます。

一番上のお子さまのKさんです。

彼は、9歳で家族とともに日本にやって来て以降、日本で高校まで卒業した在日外国人でした。

しかし、どうしても海外の大学で学びたいと言い、両親もそれを受け入れます。

運が悪いことに、彼が大学に進学した直後に彼以外の家族が日本で永住権を取得したのです。

永住申請時に海外にいた彼は日本での永住権取得のチャンスを逃してしまいます。そればかりか、彼には日本に戻る際に必要となる<家族としての居住>の権利すら奪われてしまう事態に遭遇するのでした。

【次回に続く】

何気に目にしたネットの記事に心が少し暖かくなった件。

仕事中の休憩タイムにカフェでネットを見ていると、<30年間、父と息子が撮り続けた写真の結末に貴方も目が離せない>の記事にたどり着いた。

趣味の一つに「写真」を自称している僕はその記事に思わず引き込まれた。

生まれたばかりの息子とその父が写ったモノクロ写真が現れ、その時から30年の歳月を同じアングルで撮影し続けた作品郡だった。

写真もさることながらその紹介記事に惹かれ、見、読み進んだ。

この記事を見たとき、僕と同年代の方は父と自分との物語を思いだすのか、それとも自分と息子とのこれからを思い浮かべるのか、どちらの方なのかとても気になった。

『ちゃんとした父』がいて、『自分の息子』がいる男性に限るのが前提だが。

韓国戸籍(家族関係登録簿)整理事例。嫡出子を非嫡出子として申告したいとの要望④(LAST)。

前回に続き】

私の〝残酷な宣告〟になすすべもなく途方に暮れていた<鄭>さんに私が提案したのは、

①法律に則り、これまでの経緯通りに、婚姻、出生、離婚と韓国に届出ること。ただしこの場合、前夫の協力(韓国領事館への同行)が必要となる。

②前夫との接触を回避するため、日本の裁判所で調停離婚を申し立て、その決定により前夫との離婚を韓国に認めさせること。

そして、③韓国の前夫との離婚をあきらめ、韓国戸籍(家族関係登録)上はそのまま前夫と結婚した状態のまま放置すること。

でした。
<鄭>さんからの、「何とか前夫とのかかわりあいを避けたまま、長女のパスポートを入手することは不可能でしょうか?」との問いに、私は最にのこう言い放ちました。
『ないことは無いです。ただ、今後もし長女が日本に帰化しようとしたり、長女の出生について前夫からクレームがついた場合、苦労されるのは長女自身ですよ。』
しばらく黙っていた<鄭>さんは、『少し考えさせてください。』と言って帰っていったのでした。

最近、このようの「離婚にともなう子の出生についての難儀な相談」が増加しています。
ポイントは、日本の役所へ離婚届を出したのが「2004年9月20日」より前なのか後なのか。
運命の分かれ道なのです。

韓国戸籍(家族関係登録簿)整理事例。嫡出子を非嫡出子として申告したいとの要望②。

前回に続き】

韓国政府は自国の在外国民が居住地国においてその国の形式に従った離婚届(申告)を行う場合でも、本国の形式的要件に合致しない場合はそれ自体を適法な手続きとして認めないとの要望を出しました。
これは、日本に多数居住する在日コリアンに向けられたものと考えられます。
2004年9月20日をもって、在日コリアン同士の日本の役所窓口における協議離婚届出を原則認めないよう、在外公館より日本の役所宛に文書が送付されました。
この日を境に、在日コリアン夫婦の日本の役所での協議離婚は事実上正当なものとはみなされないようになりました(一部の役所ではこの日以降もしばらくの間は協議離婚届を受理していた事実も散見される)。
どういうことか説明すると、例えば、
①在日韓国人男性<朴>さんと在日コリアン女性<鄭>さんが日本で結婚し(1998年日本で婚姻届出)、
②夫婦の間に女の子が生まれ(2000年日本に出生届出)、
③別居の末、2004年10月1日に協議離婚に合意し離婚届出(同日日本の役所で離婚届を提出)
しかしこの時、③の届出を行う際、日本の役所窓口職員から、「便宜上離婚の意思があるものとして離婚届は受理しますが、本国ではこの離婚届は認められませんよ」と意味深な言葉を投げかかけられます。
一抹の不安を抱えるも、『金は稼ぐが暴力を振るうDV夫』と少しでも早く離婚したかった<鄭>さんはそのまま離婚届を提出。DV夫との一切の縁を切って日本での再起を目指して独立した生活を長女とともに歩み始めます。
離婚後、日本の役所からは申請により児童扶養手当も支給され、<鄭>さん母子には貧しいながらも平穏な暮らしが訪れたのでした。しかし、子どもが大学進学(韓国の大学への留学)を目前に控えたときに起こったある出来事から、離婚届の時に役所の職員が言っていた『意味深な言葉』の意味をはじめて思い知らされることとなります。
【その3へ続く】

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