ただいま休憩中・・・一覧
母国語(朝鮮語)をもっと上手く話せるようになりたいが、なかなか進歩しないことについて。
- 2014.02.05(水)
- ただいま休憩中・・・ , 日本語
朝鮮語(韓国語とも言う、どっちでもいいが)を普段話す機会が多く、昔に比べてだいぶ話せるようにはなったが一定のレベルからなかなか進歩しない。
今日、立ち寄った喫茶店の隣の席で若い男女が朝鮮語と日本語を織り交ぜて会話をしていたので耳をそばだてると、若い男性が女性に韓国語のレッスンをしていたのだ。
男性は日本語も上手で女性は男性のことを「オッパ」と親しみを込めて呼んでいた。
喫茶店での個人レッスンかそれともカップルなのかはわからないが、辞書を片手に一生懸命に学ぶ女性の姿が微笑ましい。
前にもこのブログで紹介しましたが、スマップの草薙にも劣っている自分の朝鮮語能力に嫌気がさし、何とか上手く母国語が話せるようにと努力をはじめた。
普段仕事で話せたことも手伝って日々上達、顧客との会話に苦労することは無くなったが、反対に日常会話や子どもへの話し方、または親しい友人に話すときの言葉が結構難しいのだ。
いわゆる반말(パンマルと言う)である。
以前小学生のお客さんがいたが、子ども相手に敬語を使って恥をかいたことも。
更なるレベルアップには韓国人の親しい友人を作るのが一番か?
女性だと『いけない感情』をコントロールする自信が持てないので、男性の友人募集中である。
(ちなみに言葉を覚える手段として韓国クラブへ行ったり、または韓国人女性とお付き合いする方法が一番早いと言う人が多いが、そうして覚えた韓国語は概ね『オネエ言葉』になっているとある韓国人女性から教えられた。男性の皆さんご注意を!)
深夜放送ドラマ「闇金ウシジマくん」にはまってる話。
- 2014.02.05(水)
- ただいま休憩中・・・ , 日本語
最近の日本のテレビドラマの主な題材は漫画が多いように思う。
日本の漫画・アニメは世界的にも人気を博し、ヨーロッパ等でもキャラクターをまねてコスプレをする若者も多いらしい。
僕も日本の漫画が好きで、青木雄二作の「ナニワ金融道」をはじめ、「家栽の人」や最近では「勇午」等、主に仕事のヒントなったり社会風刺を取り入れた漫画を読むことがる。
(勿論、行政書士が主人公の「カバチタレ!」シリーズは全巻所蔵している。)
タイトルにある「闇金ウシジマくん」も漫画が原作だが、これは読んだことがない。
ただ、東野圭吾氏の小説を映画化した「手紙」を見てすっかりファンになった俳優の山田孝之がメインキャストなのでこのドラマを見ることになり、そして配役にもストーリにもはまったのだ。 ※映画「手紙」についての過去のエントリ:昔読んだ東野圭吾さんの『手紙』という小説について、最近色んな場面で思い出してしまうこと。
ホストにはまったギャルや風俗嬢にのめり込むオタク、それを法律スレスレと言うより法律を犯して取り立てる闇金業者の残酷にして悲惨な話。
闇金でお金を借りたことももちろん業として営んだこともないが、おおよそドラマに出てくる人間模様は現実に近いように感じる。
闇金で稼いだ人間も闇金によって身を滅ぼした人間も多少は知っているが、闇金が『社会の必要悪』とならない世の中になって欲しいと思う。
回収する方も回収される方も命がけ。
命を懸ける値打ちが『お金』にあるとはどうしても思えないのだが。
こんな考えだからいつまでたってもお金持ちになれないのか?
青春時代を過ごした寝屋川市駅周辺を散策して懐かしい想い出が頭をよぎったこと。
- 2014.01.31(金)
- ただいま休憩中・・・ , 日本語
今を遡ること23年前、高校卒業を前に仕事に着くことを余儀無くされていた僕は、将来についての夢もこれといった野望もなく、極ありふれた進路を選択しようとしていた。
大学へ進むことも考えたが、当時の僕が置かれた環境にそんな悠長な選択肢は無かった。(というのは嘘で元々の勉強嫌いが主な理由。)
そんな僕が就職したのが街の金融機関(信用組合)だ。
寝屋川の支店に配属された僕は、失礼と悪態の限りを尽くして、50人を越える新入職員の中でナンバーワンの嫌われ者に。
そんなロクデナシの僕のことを叱ってくれた先輩たちのおかげもあって、一年後には何とかいっぱしの営業マンになることができたのであった。
今日、その想い出の詰まった寝屋川市駅周辺を歩く機会があった。
当時と比べて、、、
とりたてて変わったところと言うと、駅が高架になったぐらいか?
その他は驚く程当時のままだった。
過ぎ行く景色のすべてが懐かしく、あの頃自分が何を思い何を感じて日々を送っていたのかを思い巡らす。
嫌なことも辛いことも沢山あったろうに、何故か楽しかったことや面白かったことしか思い浮かばない。
当時、外環状線沿いでお好み焼き屋をやっていたおばさんの店も、駅の近くでラウンジをやっていたおばさんの店もそのまま残っていた。(当時付き合っていた彼女が僕が仕事を終えるのを2時間も3時間も待っていてくれた喫茶店も残っていた!)
機会があれば一度お邪魔したいものだ。
今も現役で頑張っている同級生の顔を見に当時と同じ場所で営業を続けている店舗へ寄ろうかと思いつつ、金融機関が一番あわただしくなる3時過ぎにかち合ったので遠慮することに。
過ぎ去りし楽しい思い出を振り返りながら、他人にとってはどーでもいい話を書きたくなったのであった。
お終い。
いじめを公然と行う者が『いじめを根絶させる!』と息巻いていることの矛盾について。
- 2014.01.27(月)
- ただいま休憩中・・・ , 日本語
欠かさず傍聴を続けているいわゆる『高校無償化裁判』の傍聴に行ってきました。
大阪地裁で行われていますが、定員オーバーなので傍聴券をめぐって毎回抽選が行れるにぎわいよう。
いつもと同じ202号法廷(かなり広い)は、裁判官3人に原告側・被告側合わせて30人近い人々が席を埋めていて、それに傍聴人を含めると100人近い人数になるのでは。(こんな場所で不謹慎と知りつつ、不覚にも裁判官席に座る綺麗な女性判事に一瞬見とれてしまった!)
原告代理人はそのほとんどが正義感に満ち溢れた弁護士たちですが、僕の知るところでは彼らのほとんどは手弁当で今回の裁判に関わっているとのこと。
この裁判に臨む意気込みの強さは如何ばかりか想像できよう。
それに対して被告(国)側は多分ほとんどが公務員です。
勤務先の会社(日本国)が倒産する心配など無く、当然ですが会社の利益のために全力で参戦している生粋の公務員軍団。
この2者が同じ土俵であいまみえているのです。
この裁判に関しての僕の個人的な意見としては、国が間違いを認めて早くこの争いを辞めればいいのにと思うのです。
どう考えてもこれは朝鮮高校生を狙い撃ちした明らかないじめでしょう。
日本の国は特に学校でのいじめ問題の解決に取り組んでいるはずでは?
社会からいじめを無くそうと取り組むのであれば、まずは自分達が模範を示すべきではないのでしょうか。
子ども達の世界でも、得てして『いじめる側』はその認識がなかったりするものです。
『いじめられている側』が声をあげて初めていじめが発覚するものなのではないでしょうか。
今回の裁判を通して『いじめられている側(朝鮮高級学校)』は誰の目にもわかるように声をあげています。
あとは『いじめる側(日本政府)』がその声にどう対応するかにかかっていると思うのですが、、、(そもそも子ども相手に一国が全力で争うようなことなの?)
それだけの話ではないのでしょうか?
子どもの成長に極度の寂しさを感じるのは自分だけじゃなかったと安心したこと。
- 2014.01.25(土)
- ただいま休憩中・・・ , 日本語
子ども嫌いの大人の方が圧倒的に多いと感じるが、僕は全く子どもが嫌いではない。
小さい頃から常に周りに自分より幼い子どもがいたからなのか(親戚の中で僕が一番年長だった)、小さい子どもと遊ぶことに慣れている。
でも本当のところは、いつまでたっても僕自身が人間的に幼く、子ども目線で彼らと接していることが原因か。(今でもたまに小3の娘と真剣にケンカしている。)
ただ、40の声が聞こえてから以降、急に子どもと遊ぶことに極度の疲労を感じるようになった。(仕事はいくらしても疲れないのに)
最近では自分の子ども以外とは話をするのも億劫になる。(ダメなことと知りつつ、正直に言うと。)
今朝の朝日新聞の『声』欄の投書で、45歳の奥様が『自分の子ども達が大きくなったら、もしかしたら今のように食卓を囲んで自分の手料理を家族みんなで食べることが無くなるのではないか』と将来確実に訪れるであろう寂しさを言葉にしていた。
それを読んでとても共感できるな~と思った。
『お前が寝てる時、これ以上大きくなれへん注射打ったからな!』と脅す僕に、目を丸めて心配そうな表情を浮かべている3歳の次男も、やがてはランドセルを背負い、そして僕にダッコをねだってくることもなくなるのかと思うと、子どもの成長って本当に寂しい。
親のエゴだとは知りつつ、ゆっくりゆっくり成長してほしいものだ。
あとは妻にもう一匹『可愛いの』を産んでもらうしかないか?







